2013年2月25日

老朽化しているインフラの再生は可能か

先日起きた浜松市第一弁天橋の崩落事故。笹子トンネルの天井板崩落事故と異なり知らないヒトが多いが死亡事故にならなかったので報道されなかっただけ。インフラの老朽化はやはり着々と進んでいる。
前記したのは東京商工会議所で開催された東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻(PPP研究センター)根本祐二先生のレクチャーの冒頭でうかがった内容。朽ちるインフラ問題は間接的にうかがっていたがこれからの都市を考える上で外せない内容。詳しくは書籍「朽ちるインフラ」記載されていると思いますが備忘録として簡単にまとめる。
1930年代のニューディール政策によりインフラへの投資が積極的になされていたアメリカがインフラ保全重視の政策に転換したのは約30年前。日本はアメリカから30年程遅れた1960年代にインフラへの投資を始めたのでそろそろ保全重視型に転換して行く時期になっている。
インフラが荒廃すると都市が荒れる。橋梁、トンネル、道路、河川など...沢山のインフラがあるが、そのうちの橋だけでも全国には69,900ある。これからは古い橋が沢山でてくるので十分にメンテナンスされていなければ今回のように落ちる。しかしそのメンテナンスにかける財源は不足している。
橋以外のインフラもつくられた時期と量をグラフにするとその全てがピラミット型になっている。したがってメンテナンスにも過去と同じ山ができるが高齢化により社会保証費が増大し収入が減少した現代における公共投資予算で増大する需要をまかなうという矛盾が起きる。
コンクリートからヒトへという民主党の政策は間違っていたのかもしれない。社会保障費も削れないし公共事業費も削れないのであれば別の財源を用意する必要がある。消費税の増税ではなくても良いが普通に考えれば増税は必至か?
自治体の財務状況を独自に検証してみるとそのほとんどが健康ではないらしい。見かけが良いまち程危険だとか。よって処方箋が必要になる。首都圏の自治体はなかり危険な状況なのだろう。オガールプロジェクトや鶴ヶ島プロジェクトはその処方箋になり得るものだと思う。
行政にはマネジメントが不在。だからこそ民間企業のような合理的な設備投資の手法が必要になる。また事故が起こると自治体も管理者責任を問われることになる。バランスシート改革が必要。じゃないといつかまた重大な事故が起きる。責任をまっとうするために国を潰して債権放棄していただかなくてはならなくなる。
かつてのインフラへの過大な投資は右肩上がり経済状況だったので成立していたが、これからの縮退化する社会においてケインズのような公共事業拡大型の政策は借金がどんどん増えて行くだけだし身の丈を超えた投資が負債を増やすだけ。これからは身の丈の中でやって行く必要がある。
学校は統廃合しながら多機能化し、公共施設を大幅に削減する。公共下水道の計画は途中で取りやめ合併浄化槽により分散的に処理して行く。そしてその計画を行政の総合計画に描いて行くことができればトップが変わっても追従できる仕組みになる。
学校を統廃合して行く時、思い出をが無くなるという意見がでるが、記憶は別の時限でする必要がある。隣の区にあるものは使わせてもらう。自分の区になるものは貸す。枠をはめてはいけない。学校の統廃合にもシェアの概念が必要。
事後保全では人が死ぬので行政は予防保全に切り替える必要がある。予算が捻出できないなら予防保全を民間に委託して行くことも必要。事後保全費用が無くなるのでトータルコストも下がる。
総じて所有から利用への切り替えについていけるかどうかが大切になる。大掛かりな対応ではなくボクのような個人でも情報発信だけはできる。これからの建築は多機能化と選択可能性がキーワードになるのか。
長谷部勉

投稿者 システム管理者 : 2013年2月25日 12:23